この記事はPRが含まれていますが、直接取材・調査した一次情報を元に書かれています。
M&Aにはさまざまな手法があり、どれを使えばいいのかわからない方も多いのではないでしょうか。
株式譲渡と事業譲渡は非常に多くのケースで用いられ、メジャーなM&A手法といえます。
そこで今回は株式譲渡と事業譲渡についての、以下のような疑問に答えていきます。
- 株式譲渡と事業譲渡って具体的になに?
- 一体何が違うの?
- それぞれのメリットとデメリットは?
- 高く売却できるのはどっち?
それぞれの説明や違い、メリット・デメリットについてなど事細かにご紹介します!
株式譲渡、事業譲渡とは?
まずは株式譲渡と事業譲渡それぞれの定義についてご説明します。
またM&Aの基礎知識が曖昧だという方は、以下の記事でわかりやすく解説していますので、参考にしてみてください。
検討前に知っておくべきM&Aのメリット・デメリット20選株式譲渡:企業の株式を第三者に譲渡
株式譲渡は株式の譲渡によって企業の経営権を他社に譲渡することをいいます。
たとえばA社が買い手となって、B社と株式譲渡します。
B社の株をA社に譲渡することで、B社はA社の実質的な子会社になります。
株式の保有率と経営権の変遷は次の通りです。
株式保有率 | 経営権の有無 |
1/3未満 | ただの株主(経営権はなし) |
1/3以上 | 重要事項の否決権を獲得(経営権はなし) |
1/2以上 | 過半数の役員を選任可能(実質的な経営権の獲得) |
2/3以上 | 完全な経営権の獲得(100%株式を保有すると完全子会社化) |
事業譲渡:企業の事業を第三者に譲渡
事業譲渡は、企業が持つ事業を他社に譲渡することをいいます。
たとえばコーヒーショップとケーキ屋を経営するA社に、レストランとパン屋を経営するB社のパン屋事業を譲渡します。
事業譲渡後、
- B社はレストランのみを経営
- A社はコーヒーショップとケーキ屋、パン屋を経営
する企業ということになります。
株式譲渡と事業譲渡の違い
株式譲渡と事業譲渡の違いとしてまず浮かぶのは、譲渡対象となるものです。
その名の通り株式譲渡の譲渡対象は株式、事業譲渡の譲渡対象は事業です。
法的契約の種類もそれぞれ株式譲渡契約、事業譲渡契約と異なります。
違うのは譲渡するものだけじゃない!
株式譲渡と事業譲渡の大きな違いとしては、譲渡後の売り手企業の株主です。
株式譲渡では買い手企業に株式を譲渡してしまうので、譲渡後の株主は買い手企業になります。
事業譲渡の場合、株式の移動は一切ないので譲渡後も株主は変わりません。
また株式譲渡は、企業そのものの経営権が動くので、売り手企業が持つすべての事業が買い手企業に移ります。
しかし事業譲渡の場合は、特定の事業のみが移動するため、売り手企業の経営権は動きません。
株式譲渡 | 事業譲渡 | |
譲渡対象 | 株式 | 事業 |
契約 | 株式譲渡契約 | 事業譲渡契約 |
譲渡後の株主 | 買い手企業 | 既存の売り手企業の株主 |
事業の移動 | 売り手の全事業が移動 | 売り手の一部事業が移動 |
買い手の目的 | 売り手企業の経営権 | 売り手企業の事業 |
事業譲渡と似て非なる吸収分割についても解説!
事業譲渡や株式譲渡について調べていくと、吸収分割という言葉を知る方も多いのではないでしょうか。
そもそも分割とは、事業の一部を新設企業や他の企業に継がせることです。
そのなかの吸収分割は、既存の他社に事業や権利義務の全部または一部を承継させることとなります。
これだけを聞くと、事業譲渡と分割吸収は同じに聞こえますが、実は全く違います。
何が違うのでしょうか?
吸収分割は会社法における組織再編行為にあたる
そもそもの違いとして、吸収分割は会社法第2条29号によって明確に定義されています。
吸収分割 株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることをいう。
※引用:会社法
その一方で、事業譲渡には明文化された定義はありません。
吸収分割の場合、従業員の取り扱いについては会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約継承法)が強制適用されます。
しかし事業譲渡の場合は労働契約継承法の適用がないため、譲渡後の取り扱いについてすべての従業員と個別に交渉しなくてはいけません。
他にも債権者保護手続と分割会社の登記は、吸収分割の場合のみ必要だったり、債権・債務の継承における各契約相手の同意は逆に事業譲渡の場合のみ必要だったりします。
また吸収分割は、組織再編行為にあたるので株式の移動がありますが、事業譲渡は事業の売買になるので移動するのは株式ではなく金銭です。
吸収分割 | 事業譲渡 | |
明文化定義 | あり | なし |
労働者保護 | 労働契約継承法を適用 | 労働契約継承法の適用なし |
債権・債務の継承 | 契約相手の同意は不要 | 契約相手の同意は必要 |
債権者保護手続 | 必要 | 不要 |
分割会社の登記 | 必要 | 不要 |
移動するもの | 株式 | 金銭 |
株式譲渡のメリット・デメリット
ここからは、具体的な株式譲渡のメリット・デメリットを、売り手・買い手それぞれの観点からご紹介します。
株式譲渡の売り手のメリット
まずは売り手の株式譲渡のメリットです。
株式譲渡の売り手のメリット1:税率の低さ
株式譲渡には税金が発生します。
株式譲渡で発生する税金は株式譲渡益20%のみで、消費税はかかりません。
そのため、譲渡代金の80%を売り手は手にすることができます。
株式譲渡の売り手のメリット2:企業の存続
株式譲渡をすると、売り手は基本的に買い手企業の傘下に入ります。
合併などと異なり、売り手企業自体がなくなるわけではありません。
株式譲渡の売り手のメリット3:手続きの少なさ
株式譲渡契約成立後に取締役会の承認を得れば、株式を買い手企業に譲渡して、名義書換手続を行うだけとなります。
事業譲渡に比べても手間が少ないのが特徴です。
株式譲渡の売り手のデメリット
次に売り手の株式譲渡のデメリットです。
株式譲渡の売り手のデメリット1:経営権喪失の可能性
先にご紹介した通り、買い手側に株式の過半数が渡ると、実質的な経営権も買い手企業に移ります。
基本的には経営権を獲得するのが株式譲渡の目的になるので、株式譲渡になる以上は経営権を手放す覚悟が必要です。
株式譲渡の売り手のデメリット2:反対株主の対応
株式譲渡では自社の株式を保有している株主に、株式を手放してもらう必要があります。
株式譲渡に反対する株主を説得して株式を取り戻せなければ、いつまでも株式譲渡ができない可能性もあるでしょう。
株式譲渡の売り手のデメリット3:全事業を譲渡すること
株式譲渡は事業譲渡と異なり、すべての事業を買い手に譲渡します。
自社に残しておきたい事業を選ぶことができないので、譲渡後は買い手企業の経営に委ねることになります。
株式譲渡の買い手のメリット
続いては買い手の株式譲渡のメリットです。
株式譲渡の買い手のメリット1:手続きの少なさ
株式譲渡契約成立後に取締役会の承認を得れば、名義書換手続を行って譲渡代金を売り手企業の株主に支払うだけとなります。
事業譲渡に比べても手間が少ないのが特徴です。
株式譲渡の買い手のメリット2:資産・契約等の引継が簡単
株式譲渡をすると、売り手企業をまるごと買い手が引き取ることになります。
そのため資産や契約などは譲渡前の状態をほぼそのまま使えるので、引継はかなり簡略化されます。
株式譲渡の買い手のメリット3:社員への影響の少なさ
メリット2と同様に売り手企業の状態は譲渡前のままです。
そのため環境が大きく変わるわけではないので、従業員の負担は少なくなります。
株式譲渡の買い手のデメリット
ここでは、買い手の株式譲渡のデメリットを紹介していきます。
株式譲渡の買い手のデメリット1:計算外のリスクを背負う可能性
株式譲渡時に予想できなかったリスクを背負う可能性もあります。
こうしたリスクは出身企業ごとの派閥ができるなど、特に人間関係を中心に考えられます。
双方の従業員が不満を抱えたまま過ごしてしまわないよう、株式譲渡後の現場にはしばらく目を配るようにしましょう。
株式譲渡の買い手のデメリット2:負債や簿外債務を含めた引継の必要性
株式譲渡時に予想できなかったリスクは、人間関係のみならず、負債や簿外債務といった形で出てくる可能性もあります。
あとから取り返しがつかない事態を防ぐためにも、譲渡前に売り手側の税理士などともしっかり連携を取りましょう。
株式譲渡の買い手のデメリット3:部分的な事業譲受ができない
事業譲渡と違い、株式譲渡では欲しい事業だけを選んで買収することができません。
そのため、株式譲渡をするときは不採算事業も一緒に引き取る覚悟が必要です。
事業譲渡のメリット・デメリット
ここからは、具体的な事業譲渡のメリット・デメリットを売り手・買い手それぞれの観点からご紹介します。
事業譲渡の売り手のメリット
まずは売り手の事業譲渡のメリットです。
事業譲渡の売り手のメリット1:現金が得られる
株式譲渡と事業譲渡が異なるのは、事業と現金でやり取りすること。
企業の資金繰りでは、とりわけ現金が重要になるため、株式などではなく現金を得られるのは大きなメリットです。
事業譲渡の売り手のメリット2:残したい事業や従業員、資産を残せる
事業譲渡は株式譲渡と違い、すべての事業を手放すわけではありません。
そのため事業はもちろん、従業員や資産などは残したいものを手元に残せます。
事業譲渡の売り手のメリット3:企業を保持できる
事業譲渡は事業のみを手放すので、経営権を買い手に握られることはありません。
そのため、企業の規模は縮小するものの企業を保持できるメリットがあります。
事業譲渡の売り手のデメリット
次に売り手の事業譲渡のデメリットです。
事業譲渡の売り手のデメリット1:負債を肩代わりしてくれると限らない
事業譲渡で不採算事業を引き継がせればいいと思う人もいるかもしれませんが、そう簡単にはいかないものです。
自社の不採算は自社で是正する気持ちが必要です。
事業譲渡の売り手のデメリット2:譲渡益に税金が発生する
事業譲渡では譲渡益に40%の税金が発生します。
譲渡代金の約半分を税金で持っていかれるのはかなり痛手です。
事業譲渡の売り手のデメリット3:一定期間は譲渡事業と同一事業ができない
会社法第21条には、譲渡会社の競合の禁止を定める条文があります。
1項では譲渡日から20年間、同一の市町村の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内で売り手企業が譲渡事業と同一事業をすることを禁止しています。
特約をすれば、禁止期間を譲渡日から30年間に延ばせる旨が2項に記載されています。
事業譲渡の買い手のメリット
続いては買い手の事業譲渡のメリットです。
事業譲渡の買い手のメリット1:リスクを承継する必要がない
事業譲渡では買い取る事業を選べるため、株式譲渡と違って不採算事業を買い取る心配がありません。
もちろん本命事業を買い取るために不採算事業も買い取ることはあるかもしれませんが、買い手にも選ぶ権利がある以上はメリットになるでしょう。
事業譲渡の買い手のメリット2:節税
事業譲渡では、譲渡事業ののれんに対する節税効果が発生します。
のれんの価値が高い事業を安く買収すれば、のれんを除いた価格に税率がかかるので、それだけでも節税対策になります。
事業譲渡の買い手のメリット3:のれんは5年間償却の損金扱いにできる
事業譲渡をしっかりと行えば、譲渡事業ののれん相当額を5年間償却の損金扱いにすることができます。
損金扱いできれば法人税の節約になるので、それを理由に事業譲渡をする企業も少なくありません。
事業譲渡の買い手のデメリット
最後は、買い手の事業譲渡のデメリットです。
事業譲渡の買い手のデメリット1:手続きに手間がかかる
事業譲渡契約成立後、事業譲渡までに次の手続きを踏む必要があります。
- 株主総会決議で株主の承認を得る
- 譲渡の効力を発注
- 資産や代金の引き渡し
株式譲渡に比べても手間がかかるのが特徴です。
事業譲渡の買い手のデメリット2:人材流出のリスク
事業譲渡では先にご紹介した通り労働契約継承法の適用がないので、従業員一人ひとりと個別に交渉する必要があります。
そのときに条件が折り合わないと、獲得した事業の人材が不足する事態にもなり兼ねません。
事業譲渡の買い手のデメリット3:税金がかかる可能性
譲渡された資産の中に不動産がある場合、登録免許税と不動産取得税が課税されます。
分割なら適用される軽減措置が、事業譲渡に適用されないのはデメリットといえるでしょう。
株式譲渡と事業譲渡の「メリット・デメリット」まとめ表
これまでに紹介してきた、株式譲渡と事業譲渡それぞれについて、メリットとデメリットを表にしてまとめておきます。
サッと確認できるようにしておりますので、再度確認したいときにでもお役立てください。
株式譲渡 | 事業譲渡 | |||
売り手 | 買い手 | 売り手 | 買い手 | |
メリット | 税率の低さ | 手続きの少なさ | 現金が得られる | リスクを承継する必要がない |
企業の存続 | 資産・契約等の 引継ぎが簡単 |
残したい事業や従業員、資産を残せる | 節税 | |
手続きの少なさ | 社員への影響の少なさ | 企業を保持できる | のれんは5年間償却の損金扱いにできる | |
デメリット | 経営権喪失の可能性 | 計算外のリスクを背負う可能性 | 負債を肩代わりしてくれると限らない | 手続きに手間がかかる |
反対株主の対応 | 負債や簿外債務を含めた引継の必要性 | 譲渡益に税金が発生する | 人材流出のリスク | |
全事業を譲渡すること | 部分的な事業譲受ができない | 一定期間は譲渡事業と同一事業ができない | 税金がかかる可能性 |
株式譲渡と事業譲渡で高く売れるのはどっち?
一般的には、事業譲渡よりも株式譲渡の方が高値で売却されることが多いのが現状です。
というのも株式譲渡の場合では、会社自体を子会社化するため、そこに属する社員ごと取引できるためです。
大抵のサービスでは、そのサービスの運営にかかわる社員がいるもので、その社員が欠けてしまうことは、買い手からすると不安要素にもなります。
そのために事業譲渡の場合では、高値が付きづらい傾向にあるようです。
株式譲渡で高く売れるケースとは
株式譲渡において、高い金額で取引されるには、以下のようなケースが挙げられます。
- 専門性の高い人材がいる(コンサルティング系など)
- 人員と売り上げが比例している(営業系など)
- 採用コストが高い業種(エンジニアなど)
上記を見ていただくとわかる通り、すべてに共通しているのは、そこに属する社員です。
その社員の専門性や職種柄で採用コストがかかる場合では、買い手は自身で行うよりも手間の削減を図れるため、需要も高くなるというわけです。
ただし、株式譲渡を検討しているとなれば、高値の要因ともいえる優秀な人材が流出する可能性もあります。
そうなれば、売却する際の価格に大きく響くこともありますので、あらかじめ流出しないような配慮をするなどのケアが必要となります。
事業譲渡でも高く売れるケースとは
社員の確保が難しい事業譲渡の場合では、
- 事業の将来性
- ブランド力
- 0から構築することのコストの高さ
があるのかが重要なポイントとなってきます。
こういった強みと呼べる部分があれば、人員がいなくとも買い手には魅力的にみえることもあり、高値が付く確率も自ずと高くなるでしょう。
ただし、買い手にとって運営できる人材の確保がむずかしいのであれば、その点が課題となってしまい、割引交渉をされる可能性もあります。
株式譲渡と事業譲渡の違いを理解して適切な方を選ぼう
株式譲渡と事業譲渡についてご紹介しました。
どちらにもメリットとデメリットがあり、どちらがいいかは完全にケースバイケース。
どうせ譲渡をするのであれば、買い手と売り手双方がよりよい将来像を描ける方法を選択しましょう!